占いを利用する時には、それなりの理由や悩みがあるはずです。
悩むのにも疲れて占いに頼りたくなる時間の、あのどうしようもない感覚は、言葉にするほうが難しいくらい。
それがわかるのは、私もそうだったから。
もっと言うと、私の場合はもう占いなしでは自分の気持ちがわからなくなっていたからです。
「自分1人じゃこれ以上抱えきれない、だけど誰にでも言えることじゃないし…」
そう思い、何度も迷った末に決心して占いのドアを叩いた…つもりでいました。
当時の私にとって、占いは、自分ではもう抱えきれない悩みを打ち明けられる唯一の場所でした。
でも、いくつもの占いサイトでさまざまな鑑定士の言葉を聞いていくうちに、1つの、でもあまりにも大きな共通点に気づいてしまったんです。
[Case..1:確証バイアス]
ー別れた恋人を忘れられない、あの人は私のことをどう思っているのだろうー
この場合、最初に占ってほしい内容を伝えています。
つまり、別れた恋人にまだ未練があることも、相手の気持ちを確かめることができていないことも、あくまで「事前情報」にすぎません。
別れてからどのくらい経っているのか、連絡は取っている状態なのか、そういった細かいことを鑑定士に聞かれることがほとんどです。
そして、それに対して、
「彼も口にしないだけであなたのことをずっと気にしています。」
「今はその時ではないだけで、必ずこの先もう一度二人の運命は交差します。」
そう言われたら、まるで彼への気持ちも、自分の苦しみも、肯定してもらえたように感じて、
「これでいいんだ」「今は辛いけどもうちょっと頑張ってみよう」と安心することができました。
[Case..1:解析 ―― 脳が作り出す「納得」のバグ]
ここまででもうわかるかもしれませんが…。
占いを頼る前から、結論は、答えは、私の中で出ていたんです。
「やっぱりそうだよね」と安心したかった。
「好きでいていいんだ」と背中を押してほしかった。
仮に鑑定士が他のことを言っていたとしても、
「こうあってほしい」という願望が切実すぎるあまりに、聞きたくない言葉は「これは私には当てはまらない」と、無意識のうちに切り離していく。
そして、その結果、自分に都合の良い情報ばかりを受け取っている状態に陥ってしまう。
これこそが、占いにおける「確証バイアス」の正体だったんです。
このケースに重ねてみると、鑑定士に「もう諦めたほうがいい」と言われて怒りや悲しみが強くなるなら、おそらく求めているのは、「まだ好きでいること」なんだと思います。
でも、それならその「好き」は自分の本当の気持ちなのか、それともバイアスによる固執なのか。
そう考えるだけで、少しだけ冷静に、そして客観的な判断ができそうな気がしてきませんか?
知らないほうが幸せだったのかもしれない、でも、気づいてしまったからにはもう戻れない。
占いによる納得の正体が「脳のバグ」だとしたら、占いは無意味なのか、じゃあこれまでの私はなんだったんだ…。
そう思い悩み、占いを遠ざけていた時期も短くはありませんでした。
そして、今。
私は今も占いのドアを叩くことがあります。
意外かもしれませんが、それは、仕組みを理解し、副作用を承知した上で、
それでも麻酔が必要な時があるとようやく受け入れられたからなんです。
きっと、理屈だけで綺麗に納得できるほど、人間は強く作られていないんですよね。
だから、時に麻酔を求める自分まで否定しなくてもいいかな、なんて、少しだけゆるくとらえられるようになりました。
ただ、サイト選びを間違えると、麻酔にすらならずに痛みを増やしてしまうのも残念ながら事実で。
この実験区の検証を見てくれたからには、過去の私のようにただただ時間とお金だけを溶かしてほしくはないな…なんて、ぼんやりと思ったりするんです。
ここに、私が利用してきた数多くのサイトの中で、ここだったらと思えた場所を置いておきます。
確証バイアスというものを知って、それならもう占いはいいかなと思うのなら、それはそれで1つの選択。
でも、もし自分のバイアスを自覚した上で、それでも私と同じようにその「麻酔」を必要とするのなら。
せめて成分の不透明なものは避けると、必要のない痛みまで引き寄せるリスクを減らせると感じています。
用法: 自分の本当の気持ちを確認するための手段として。
用量: 主導権を明け渡さない程度の、一時的な麻酔として。
注意: 「自分に都合の良い言葉」だけを抽出する副作用があります。
占いの力がたとえどれだけ偉大でも、実際に行動し、その責任を取るのは自分自身です。
自分の人生なら、その主導権までも明け渡してしまわないためにも、
この「確証バイアス」を知っておくことが安全装置になるかもしれません。
[Case.1:確証バイアス ーー 検証終了]

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